“京のほんまもん” を辿る ~ 荒木泰博氏の金彩
いつもゑり善の「着物を愉しむ」をご覧いただきまして誠にありがとうございます。
ゑり善の亀井彬でございます。
着物や帯には、古くから伝わる感性や技が込められております。
染織の歴史は深く、長い年数をかけて、多くの方の知恵と、科学技術の進歩によって、
より便利に、より高度になってまいりました。
染織の技術革新は、日本の発展とともにあったといえます。
一方で現在、高度な分業化によって、育まれて、磨かれてきた「手の技」は
後継者不足や、魅力の共有ができていないために失われていっているものも多くございます。
何十にもわたる工程の中で数えるほどしか職人さんがおられない。
あるいは、平均年齢が70歳や80歳という現場もあり、
染織の世界では今深刻なものづくりの危機が課題となっております。
私自身は30代後半ですが、今後10年20年と、
「これからも伝えていきたい」「残していきたい」と
思えるものがとても多いことに感動する一方で、
「どのようにすれば、後世に伝えていくことができるのか」
という途方もない課題に日々思い悩む日々を過ごしております。
呉服の専門店としてできることは、
「ほんまもん」の魅力を深堀りして
その魅力を、一人でも多くの方の心に届くように、写真や言葉として残すこと。
そんな想いの中、家庭画報のきものSalonさんにて
「京のほんまもん」というテーマをいただき、ご一緒に取り組ませていただくことになりました。
私自身、若輩者で「ほんまもん」とは何か、など語る立場ではございませんが、
この機会を通して、これから、皆様とともに京都に代々伝わる染織技術を学んでまいりたいと存じます。
きものSalonは年に2回、3月と9月の発売となりますので、これからもどうかお楽しみになさってくださいませ。
さて、京のほんまもん第1回は【金彩(盛り上げ)】の技を辿ります。
金彩工芸職人3代目である荒木泰博氏が継承する金彩は
筒書きで多彩な模様を描き出す盛り上げ技法が特徴的です。
いつの時代も人々を魅了してきた「金」
美しい光沢と、錆びにくく時代を越えても輝き続けるという特性から多くの人の憧れの的であったといえます。
「金彩」という技術は、以前は「印金摺箔」と呼ばれておりました。
この技法に、日本人が出会った時のことは、明確には記録に残っていないようですが、
約700年前の鎌倉時代の頃に、中国から渡来されたものが最初といわれております。
その裂の特徴としては、
「染色された麻布に木版を用いて糊料を捺印し、箔を張り乾燥、その後不要な箔を排除して模様を表現」
されたものと記されております。
ただ、江戸後期には理由は定かではございませんが、衣装に金箔を用いる技法は断絶。
おそらく”奢侈品禁止令”の影響や、友禅染の台頭が原因ではないかといわれております。
日露戦争により休業状態であった染色業界に活路を見出すべく、その技法を復活研究されたのが、
模様糊置の技術を奉公先で学ばれていた荒木さんの祖父、荒木茂太郎氏です。
「昔”印金摺箔”という技術があったのだから、それを研究して見られてはどうですか?」
とのヒントを当時の得意先から話されたのが始まり。
全く予備知識もなく、金箔の取り扱いも知らない中で、寝る間も惜しんで研究をされていた光景が目に浮かびます。
「衣服に金箔を用いる際に1番に問題になるのは接着剤」という言葉が残っています。
茂太郎氏は提灯屋、傘屋、表具屋、障子張りなど糊を使用する仕事をしている所を
次から次への廻り、しつこく教えを願われたといいます。
こうした接着方法の研究を経て、布地に金箔を接着するのに適した糊にたどり着きます。
金箔加工という光り輝く着物は人々の足をとめ、注文が入るようになる中で、
当初からの得意分野であった模様糊置を昼間に、夜は印金をという忙しい日々を過ごされたようです。
時代を経て、昭和25年頃。
北嵯峨大覚寺の境内を茂太郎氏とご子息の孝泰氏が散策をされていた時に、杉戸に書かれた草花の絵が目に留まります。
胡粉でふっくらとした盛り上げ技法でかかれた花(菊ではなかったかと記憶されておりました…)
を一目見て、このようなことが箔で出来たらいかに面白かろうか という言葉が、お二人から同時に飛び出したようです。
その後も試行錯誤を続けてこられて、生まれた盛り上げ技法。
その技をご当代の荒木泰博さんが受け継いでおられます。
代々伝わる材料である質の高い金銀箔を使いながら、
一番大切な接着剤については、荒木さんご自身も高分子化学を学ばれる中で、
接着力が高く、やわらかく、ねちゃつきの少ない糊の研究を続けてこられました。
今の時代にもお召しいただきやすい古典でありながらも繊細なデザインが加わり、
さりげない品格と、美しい着姿が印象的なお着物を作られております。
後進の育成にもかねてより携わっておられる荒木さんのお姿からは、
一度途絶えた技法を世に伝えた茂太郎氏の想いを感じることができます。
ゑり善が皆様に伝えたい京のほんまもん。
是非書店に並ぶ、【きものSalon】を手に取って、その技に触れてみてください。
弊社でも各店にて荒木さんの着物や帯をご紹介をいたしておりますので、その美しさをご覧になってくださいませ。
長文にお付き合いいただきまして誠にありがとうございます。
皆様にとって少しでも気づきがございましたら幸いでございます。
ゑり善 亀井彬
※参考文献:金彩雑考 京都金彩工芸協同組合創立20周年にあたって(荒木孝泰氏著 荒木泰博氏のお父様)