きものを愉しむ

2024/03/20

【京友禅の下絵】写生も本も…絵を学び続けた先に生まれた筆の勢い
~きものSalon『京のほんまもん』に添えて~

いつもブログをご覧いただき誠にありがとうございます。
ゑり善の亀井彬でございます。

本格的な春の訪れの中、美しいお着物姿の方に出会う機会が増えてまいりました。春は出会いと別れの季節。少し背筋がピンとなる大切なシーンが多くなる中で、お着物のある生活をお過ごしいただけておりましたら何より嬉しく思います。

さて、いつもお世話になっている きものSalonさん が3月に発売となりました。2023年9号より連載をさせていただいている「京のほんまもん」。もっと深く知ってみたい!という取材のアイデアがいくつも生まれる中で、今回は友禅の”下絵”に注目をして、ご紹介させていただく機会を頂戴することとなりました。

普段皆様が、あたりまえのように目にするきものの柄や絵がどのように作られているのか、ご存じでしょうか。古くから多くの方に愛されてきた四季を彩る自然の風景や植物や動物。人々の幸せを願って生み出された吉祥文様や有職文様など。様々なものを組み合わせて着物の下絵は完成されます。

そしてそんな下絵の世界においても、今なお、写生を通して自然と向き合い、本や図鑑を通して文様を学び、卓越した技で美しい図案を生み出されている方がおられます。これからの担い手が少ないといわれ、後継者の問題が叫ばれている下絵の技を、もっと皆さんに知っていただきたい。そう思い、今回の下絵をテーマにさせていただきました。

ご協力くださったのは、京友禅の魅力に向き合い続ける川勝商事の山本さん、そして一切の妥協を許さない染匠の宮嶋さん、18歳から50年以上、下絵一筋で技を磨いてこられた櫻本さんのお三方です。私にとって、いつかはご一緒にお話をしたいと思っていた素晴らしいお仕事をされる方ばかりです。

様々な工程によって成り立っている京友禅の仕事。下絵から着物が完成するまでには、ゆうに半年以上はかかります。長期間にわたる友禅の制作工程を経て、下絵からどのように着物が生み出されるのか。初夏の中行われた1時間半の下絵の作業工程の撮影と取材、そして寒さ厳しい冬に行われた完成品の撮影までの期間は思えばあっとという間のひと時となりました。その時のお話などを中心に、今回は「京のほんまもん」とは何かを、下絵から考えます。

■下絵から始まる友禅の長い道のり
京友禅の工程として、下絵の後には、糸目糊置き、地入れ、挿し友禅、伏せ糊置き、引き染め、蒸し、水元、金彩、刺繡、仕上げ、といった工程が続きます。その工程の中では、何度も何度も同じ線の上を、多くの方の仕事が積み重なっていきます。

その全ての元となる、まさに「0から1を生み出す仕事」が下絵です。「ラフ絵」とよばれる着物の形をしたひな形に書かれた構想をもとに、実寸大の紙に筆で下絵を描いていきます。

白と黒の濃淡だけで大胆に描かれた下絵はまさに日本画のよう。四季折々の植物の広がりと奥行きに、貝桶や紐といった人工的なものとが見事な調和をもって表現されています。「ほんまはね、色も想像できたらいいんやけど、私は色は下手くそなんです。”線”が好きだったので」という櫻本さん。のびやかにそして繊細に描かれた「線」にまず目が留まります。

こうした下絵をもとに、柄の大きさや全体のバランス、花の表情などを染匠さんや問屋さん、私たち小売店で打合せを行います。紙の上にかかれた線は白黒の世界。染め上がると色が増えるのですが、モノクロの世界では少し柄が強い印象に見えます。

■実際の生地に筆で下絵を描く
今回制作していただいた着物は訪問着。仮絵羽という着物の状態に仮縫いした白生地の上に、下絵をあたっていきます。

使う道具は、筆、青花、溝差し、文鎮などしかありません。櫻本さんは青花を筆につけて、おもむろに下絵に取り掛かられました。青花をいれているお皿は少し大きいもののように見えます。お話を伺うと、ちまちまと少しずつ使うのではなく、がばっと使って、勢いよく描くためとのこと。

櫻本さんは上下白いお洋服をお召しになっておられ、部屋には白の色が目立ちます。整理された工房から決して生地を汚さないように、という繊細な気遣いが伝わってきます。

実際の白生地に下絵を描く際は、生地の下に下絵をおいて、光を当てながら、その線を写していかれる方も多いのですが、櫻本さんは、あくまでも実寸大の構図をもとにしながらも、全く新しく描いていかれるのです。写すのではなく、大きな絵をあたる。その後で、細かな部分を、「骨書き(こつがき)」とよばれる繊細なタッチで描き加えていきます。

桜の木でつくられたという大きな机の上で、動いていく筆の動きにはうっとりするほど、余分な動きは存在しません。よどみのない美しい線によって、立体的な下絵が次々と完成していきます。

当然寸法のことや、紋の位置などは頭に入れながら…これまで何百回、何千回と描いてこられたからこその、大胆かつ繊細な、まさに”ほんまもん”の筆使いにただただ圧倒されました。この下絵羽の下絵は描き始めると、1日程度で仕上げられるとのことですのでさらに驚きです。

■花の色気を生み出す技
完成した訪問着を見ると、とてもよく分かることの一つに、生き生きと描かれた花のひとつひとつは、同じものは二つとなく、様々な方向を向いてるということ。正面からだけの構図ではないのがとても印象的で、まるで本当にそこに咲いているような絵になっています。

櫻本さんに、その訳を伺うと、おもむろに、これまでに描かれてきた、たくさんの写生を見せてくださいました。

「私たちの仲間は、30代のときに競って写生をしていた。」

先輩と一緒に川に弁当を持っていき写生をした時の話。水と動物が一番難しかったという本音。嵐山の松、中の島の松… 光悦寺の… 清滝の… など、下絵という仕事の原点ともいうべき、たくさんのエピソードと和紙にかかれた数多くの写生。

時間も忘れて描いたもの、といって見せていただいた松の写生は、幾重にも重なる線が松の枝一本一本まで表現されており、当時の気迫すら感じるものでした。下絵なので「枝っぷり」が大切。迷ったときに何か使えるだろうと、残しておられるたくさんの下絵はいつまでも見せていただきたいものばかりでした。

そして、実は写生に加えて、本や図鑑なども繰り返し繰り返し見る習慣があり、本はボロボロになっている…というエピソードも。

昭和28年生まれの櫻本さんがこの道に入られたのは、学校を卒業した18歳の時。これまでのご経験を伺うと、30代、40代の頃が一番勢いがあったとのこと。ただし、その時は勢いのあまり描きすぎてしまい、結果的に”重く”なりすぎていた時代だったといいます。歳を重ねていった方がいい下絵が描ける。それは体がしんどくなって、重く描けない。絵が枯れてくるから。

小さい頃から、写生をすることに加えて、本をみること、絵をみることが大好きだった。仕事として下絵を始めたころ、「あの本をどこやった?」と机を並べて仕事をしていた先輩や師匠から何度も聞かれるほど、いろんなところに本持って出た。先輩の仕事を見て、先輩の絵を写しながら3年で形を覚えていったといいます。

その後、「自分の絵を描き始めてからが難しかった」とも。先生のところへ持っていってOKがもらえるかどうか。

私よりも線がうまくて、絵が上手な人もたくさんいたが、結局は残らなかった。そうした方々は自分で上手に描けるから、本を見たり、写生をしたりされなかったのかなと。他のことができないからこそ、生きていくためには絵を描くことしかなくて、どんくさい人間だったのがよかったのかも。と櫻本さんがおっしゃっておられたのが、強く心に残っています。

確かに今でもご自身の作業場にはたくさんの年季の入った書籍が置かれてありました。日本の文様や、日本の意匠など。ですが、櫻本さんは下絵を描かれていくときには、何もご覧になりません。きっと頭の中にあるそのイメージをもとに筆を走らせているのだと思います。最初から資料を見ていると進まないので、まずはあたりをつけて勢いよく描く。そういいながら、大胆にかつ繊細に筆を進めておられました。

 

■下絵を磨くとは
櫻本さんが「宮嶋さんは絵が見える方なので、ごまかしがきかない」という、物づくりに対して一切の妥協のない宮嶋さん。そんな宮嶋さんが「絵心がないと描けん」という櫻本さんの下絵。もともと写生をされていた宮嶋さんならではのこだわりと、櫻本さんの書き手としてこだわり。

「正面を向いている花を描くと、嵩(かさ)が出る。でも、宮嶋さんは嵩はいらんという。横向きは嵩がでないし、難しいねん。宮嶋さんにはこういうこだわりがある」(櫻本さん)
「どんなもんにも表情が絶対なかったらあかんからね」(宮嶋さん)

菊の葉の形、紅葉の表情などお互いに真剣に仕事に向き合ってこられたプロフェッショナル同士の絶妙のやりとりが、私にはとても刺激的でした。人間の表情でも正面からの写真だけではその人隣は分かりません。草花も同じであり、ふっとした横顔のようなそんな色気を感じるような下絵が私たちの心を打つのかもしれません。

宮嶋さんはさらに、「基本的に下絵が良くないと、次の工程に影響を与えられない」ともおっしゃいました。

「いい下絵がいい仕事を呼ぶ」。良い下絵があると、次の工程の方も気合が入る。もっとよくしたい、もっと良い絵に仕上げたい。さらに色を磨きたい。そんな下絵を描くことができる方も、時代の中で少なくなってきているといいます。

「私たちの時でも絵が好きな人が下絵の仕事についても10人いて残るのは1人か、2人」だったという下絵の世界。
とはいえ、今なお、櫻本さんは下絵には100%の正解がなく、いつも要望に応えられているのか不安になるとおっしゃっておられました。そうした謙虚な姿勢こそ、0から1を生む下絵という非常に難しい技が磨かれてきた要因なのではないかと感じさせられました。

ひたむきに絵に向き合ってこられたからこその、仕事の深みと、途方もない時間から生み出された技。こうした友禅の土台となる大切な下絵という仕事をつないでいくために、新しい世代の方々が競い合って写生をし、下絵を描き合い、こだわりをぶつけ合う時代がくるためにできることはないか。様々なことを考えさせられるひと時となりました。

大胆な勢いと謙虚で優しい繊細な技。そんな相反するような下絵の仕事が「京のほんまもん」を支える大切な”線”を生み出しています。

皆様もぜひ 2024年3月発刊のきものSalonをどうかご覧になってくださいませ。弊社各店には過去の掲載分も含めて置いておりますので、ご興味あるお方はお気軽お声がけくださいませ。

最後までご覧いただい誠にありがとうございました。

ゑり善 亀井彬

京都・銀座・名古屋にて呉服の専門店として商いをする「京ごふくゑり善」の代表取締役社長として働く「亀井彬」です。
日本が世界に誇るべき文化である着物の奥深い世界を少しでも多くの方にお伝えできればと思い、日々の仕事を通して感じることを綴っていきます。