きものを愉しむ

2024/09/29

【京鹿の子絞り】指先三寸の手わざの未来
~きものSalon『京のほんまもん』に添えて~

いつもゑり善のブログ「きものを愉しむ」をご覧いただきまして誠にありがとうございます。ゑり善の亀井彬です。

立秋をすぎ、10月を目前にして、ようやく暑さもひと段落となり、過ごしやすい季節に入りました。
毎年夏から秋にかけては、大切な家族の行事である七五三のご相談事をお伺いしながら、10月や11月のお参りに向けてお手伝いをさせていただきます。夏の間に身長もそして心もご成長なさったお子様方のかわいらしいお着物姿、また凛々しい袴姿を拝見させていただけることは私たちの喜びの一つです。当日が良いお天気になり、想い出に残る素晴らしいお詣りになりますようお祈りする日々でございます。

さて、春と秋(3月と9月)の2回家庭画報さんから発刊されている きものSalonさん は多くのきもの好きの方から愛されているきもの雑誌の一つです。様々な切り口からきものの愉しみや深みを教えていただける私たちにとっても参考になるものとなっております。

そんな、きものSalonさんで、毎号「京のほんまもん」と題して、着物の技を活かしたほんまもんを辿る記事をご一緒に作らせていただいております。2024年・2025年の秋冬号では「京鹿の子絞り」をテーマとして、伝えたい技を見つめ直す機会を頂戴することとなりました。今回はその取材の際のお話も含めて、京鹿の子絞りをご紹介させていただきます。

■京鹿の子絞りとは
古くから伝わる染の技法である「絞り染め」は決して日本だけのものではありません。世界中でこの技法は使われており、今でもその当時の様子を伝える染織品が数多く残っております。しかし、日本ほど多様な展開と発展を遂げている場所はありません。少なくとも奈良時代からその技術が脈々と伝えられてきている国は他にはないといえます。

絞り染めは様々なシーンで目にするものでした。
・ハレの日を彩る総絞りの振袖や訪問着
・京都の南座、顔見世興行では多くの方がお召しになっていたという黒羽織
・夏を涼やかに楽しむおしゃれな浴衣
・細かな細工が目に留まる帯上や長襦袢、半衿
・日常で使う風呂敷 などなど。

今では和装だけではなく、洋装やバッグ、生活を彩る和雑貨としてなど、様々なものに広く利用され、愛用されています。こうした状況を見つめなおすと、絞り染めは日本の染織工芸を代表するものといえるのではないでしょうか。

絞り染めの中でも「鹿の子」と呼ばれる「疋田絞り」は、小鹿の背中に見られる白いまだら模様に似ていることから、長寿や子孫繁栄を意味するものとして、縁起物とされてきました。鹿の子を布全体に隙間なく詰めて括ったものは、江戸時代より贅沢な衣服の代表として知られ、天和3年(1684年)に出された奢侈禁令に、金紗、繍と共に総鹿子が挙げられるほどでした。

※括る:”くく”ると呼びます。糸や布を糸などでかたく括り、染める方法をさします。絞りや絣などではよく使う漢字。上の写真は、弊社に残る半襟と思われるもの。少し荒い絞りだが、ゑり善と表現されている珍しいもの。年代不詳

■鹿の子絞りを支える大切な工程 下絵
京鹿の子絞りは、括りの工程が最大の特徴ですが、その技を最大限発揮するための下絵の型紙作りと型刷りも括る前の技として欠かすことはできません。〇〇〇を配置して柄を表現していくのですが、同じ印の繰り返しになるが故に、整然としているようで、動きのある柄に仕上げるのは簡単なことではありません。点を集めることで柄として認識できるようにする熟練の技がここには存在しています。

またこの取材のときにお話を伺ったのですが、この指示の点の位置によっても、括りやすさが変わるというお話を伺いました。柄の美しさとともに、「括りやすいように…」「括る人が喜ぶようにと…」下絵に携わる職人さんの気構えが伝わってまいります。

こうして作られた下絵は、型紙を使用し、水で簡単に消える性質をもつ青花で生地に印が打たれていきます。この印を目印として括りの仕事へと繋がります。

この青花、現在では多くの場合は化学青花を使います。一方で化学青花は熱によって消えてしまうという特性があるようで、括るのに2年近い長期間の仕事となる総絞りのお着物などは、化学青花は使わずに、本青花を使うとのお話でした。いかにその仕事が途方もない時間がかかるものなのか、改めて知らされるエピソードです。

■畳一畳、指先と絹糸さえあれば…究極の手わざ
さて、疋田の括りの技を一言でいえば、「つまんだ布の根本から先端へ糸を巻き上げる」こととなります。
粒状に折り畳んだ布に糸を巻き付けていく技に必要な道具は指先と絹糸だけ。畳一畳分あればどこでもできるとおっしゃいます。

ですが求められる仕事のレベルは非常に高度であり、粒の大きさが揃っていること、染めむらが起こらないこと。途方もない数の括りを丁寧に、そしてスピーディに仕上げていかなくてはなりません。こうした括りの技は、長い歴史とともに磨かれてまいりました。

元禄15年(1702年)に書かれたとある書物には、「今鹿の子や紅染は都でなければならぬ」と称さるほどに、鹿の子は京都の特産品となっていました。括りをされる方々を「鹿子結師(かのこゆいし)」と紹介した絵が「職人尽絵(しょくにんつくしえ)」に書かれているということからも、職業として確立していたこと、そしてその需要が多かったことが分かります。そして、歴史を経て京都の大枝(おおえ)、大原野とよばれる地域の農業の婦人の手による家内工業として、多くの括りがこの地から生まれておりました。

しかし現在では、そうした技も受け継がれていくかどうかの危機に立たされているといいます。特に途方もない時間を要する総絞りなどの製品が世の中から求められる中で、中国や韓国の方にも多くの仕事が渡ったこともあり、現在では次の時代を担う後継者が極端に少ない状態にあるといいます。大原野を中心に括りの仕事をつないでくださっていた絞り悉皆の方なども高齢になってきておられるというのです。

10本の指だけで生み出されるまさに熟練の技をいかにつないでいくのか。

京都の特産である京鹿の子の技術を受け継ぎ、高めていける方がおられないか。今回取材にご協力いただきました丸太遠藤の遠藤さんは、京都大原野だけにしぼらずに、全国で想いのある担い手を探されたといいます。その中で出会われたのが、今回雑誌にもお紹介されている水間さんです。

この取材のときは、「疋田を始めて7年です。まだまだ…」と謙虚にお話をされていました。遠藤さんと水間さんは大原野のベテランの職人さんの技を実際に見に行かれたといいます。近くで見て、音を聞き、真似てみる。動画ではわからないそのつぶさな仕草をも見逃さないように必死に学ばれたのだと思います。

【括る部分をつまむ】
印がうたれた生地の箇所を括りの中心が頂点になるように、布を伸ばして4つ折りに。4つ折した布の根本をつまみ、折山をねじります。

【糸を巻き付ける】
ねじった山を、根元から糸で巻いて引き締めます。根本から順に下から上へ繰り返し糸を巻き上げます。水間さんは3回巻き付けられます。

【糸を締め上げる】
巻き付けた糸を2回締め上げます。輪っかをつくりながら、糸を緩めないように。最後は弦を弾くように右の指先を引き抜きます。この時に全く想像もできないようなパチン!という音がします。

ここまでが一つの粒を括る工程です。言葉にすると短いですが、一目見てとんでもない技であることに驚かされます。この作業を疋田の粒の数だけ繰り返し、それもできる限り粒の大きさを揃え、失敗なく括るというのですから、まさに指先三寸の神業といえます。

京都の鹿の子絞りでは絹糸を括りに使います。京鹿の子の難しいところの一つとして、この絹糸の扱いにあるとお話を聞かせてくださいました。

木綿の糸と異なり絹糸は指先で広げることができ、よりきつく括ることができます。絹糸の中でも、精錬していない無撚りのパリッとした風合いの糸を使い、巻き上げていきます。水間さんの言葉をお借りすると、「最初のうちはこの糸の扱いがうまくいかず、ごろごろとしてしまって、粒が揃わなかった」そうです。括るための糸の手配などを遠藤さんとも相談しながら、徐々に慣れていかれたとのことです。強くてよりのない糸が、広げることで平らな包帯のような形となり、糸に張り付くように、括る”粒”をつまんで固定してくれる。こうした目で見ても分からない絹糸の扱いのうまさが、京のほんまもんを支えております。

こうして括りの終わった生地を染め上げることも一仕事。絞りが際立つ色に染め上げてます。絞りの場合は、生地を染料の入った釜にいれることで染め上げます。京都の花街の方々のお着物も制作されている遠藤さんのこだわりが、くすみのないあでやかな色合いを生み出します。絞りの立体感には刺繍や箔の仕事もよく合います。絞りと異なるひと味を加えて完成となります。

いかがでしょうか。これが古くから伝わる「絞り染め」を極限まで高めた京鹿の子絞りの技です。

大がかりな道具や広大な場所が必要ではない絞りはもっとも原始的な染の技法であり、古くから世界中で発生してきたと想像できます。素朴さと精巧さという二つの側面をもつ絞りにおいても、このような精密で高度な技が生まれているのは、日本人が得意としてきた手わざの器用さがあったからだと思います。

今回のブログを書くにあたっては、様々な資料をあたってみましたが、特に興味深かったのは、京鹿の子絞振興協同組合さんが公開されている動画です。かなり古いものも含めて動画として技がまとめられています。映像によるアーカイブの持つ意味を感じておりますが、それだけでは技をつなげていくことはできません。

技を伝える人、技を学ぶ人、技と美をつなげる人、価値を伝える人、着ることで価値を引き出す人。どの存在が欠けても成り立たないことを痛感した次第です。

京のほんまもんの技を受け継いでいくことの高いハードルと、一助の希望を感じさせていただける取材となりました。業界を引っ張る遠藤さんと、素敵なお人柄の水間さんの様子などが、きものSalonさんにて紹介されております。是非皆様もご覧いただくださいませ。

最後までご覧いただき誠にありがとうございました。

ゑり善 亀井彬

【参考文献】
納屋嘉治. 原色染織大辞典. 株式会社淡交社. 昭和52年
北村哲郎. 絞 日本染織藝術叢書. 株式会社芸艸堂. 昭和45年
京鹿の子絞振興協同組合. 京鹿の子絞りの手わざ・1 くくる・しめる・とめる. 2011年
京鹿の子絞振興協同組合. 京鹿の子絞りの手わざ・2 染める. 2012年
京鹿の子絞振興協同組合.動画. https://kyokanoko-shibori.or.jp/movies/, (参照:2024-09-29)

京都・銀座・名古屋にて呉服の専門店として商いをする「京ごふくゑり善」の代表取締役社長として働く「亀井彬」です。
日本が世界に誇るべき文化である着物の奥深い世界を少しでも多くの方にお伝えできればと思い、日々の仕事を通して感じることを綴っていきます。