きものを愉しむ

2024/10/18

“黒留袖”を見つめなおす

いつもゑり善のブログ”きものを愉しむ”をご覧いただきまして、誠にありがとうございます。
ゑり善の亀井彬でございます。

私たちゑり善は、天正12年、1584年に京染屋として商いを始め、襟地商(えりじしょう)としてのお手伝いをする中で、戦後からきもの全般を扱うようになりました。440年という歴史の中で、きもの自体は大きく形は変わらない中でも、様々な変化があって今に至ります。それは生活スタイルの変化によるものも大きく、その時代その時代で求められてきたものが変わってきた歴史でもございます。

今回は私たちが大切にお取り扱いを続けてきているお着物、”黒留袖”について、黒染めの歴史を中心にご紹介をさせていただきます。
特に近年ではご着用の機会は決して多いとはいえないお着物かもしれませんが、”黒”という色を活かした美しいお着物の代表格ともいえる黒留袖は、私たちにとっても大切なお品物の一つです。

■針も通りにくい黒
黒染めの歴史は古く、高貴な装束や法服などに用いられてまいりました。
もっとも古いと考えられる方法は墨を生地に付着させる方法であり、平安時代ごろから広く行われてきたとされています。
中世になると多くの武家が、競って黒の紋服を着用したと記されております。その理由は、”黒”というものが特に高尚優美であるという見た目だけでなく、羽二重や絹類を当時の檳榔子染で染め上げると、針も通りにくい程に強くなって、刃も容易に通らなくなった…という護身用という実用の意味もあったようです。

紋付や黒留袖など式服としての着物を考えると、多くの場合はその地色は黒に染められています。
こうした黒を染める仕事のことを黒染業といい、その他の色を染めるお仕事とは、別の業種として表現されるほど、黒は特殊な染の一つとされていました。

■黒染めの技法
そんな黒染めには「浸染」「引染」の2種類の方法がございます。
お悔やみの時に着る喪服など柄のない無地のものを黒に染めるときは、浸染の技法が使われます。一方で、黒留袖など模様が描かれたものには、伏せ糊で防染をしたうえで引染めで染色をします。

また引染めには、「本黒染」と「ブラック染」という大きくわけて二つの技法がございます。
本黒染は、天然染料をつかって酸化させることで発色させる方法であり、その重厚な黒色に特徴がございますが、加工に手間がかかるため今では行われることが少なくなりました。「三度黒」という言葉を聞かれた方もおられるかもしれませんが、この本黒染のことを通称してこう呼びます。今ではブラック染が中心となっております。

細かな技法のご紹介は割愛いたしますが。ひと口に黒色といっても、赤味の黒から青味の黒、深い黒から浅い黒など多くの種類があります。それだけ黒に対する染めは奥が深く、昭和53年に伝統的工芸品に”京黒紋付染”として登録されております。

■黒留袖とは…
さて、ここからは弊社でも大切に扱っております黒留袖についてご紹介をさせていただきます。

黒留袖の特徴は、西洋のブラックフォーマルに影響を受けた”黒”
裾にだけ描かれた全体につながる”裾模様”
白の染め抜きの”五ツ紋”
ということが挙げられます。

他のお着物と比べても一目でわかるようなこうした特徴をもつお着物。その着用シーンは最も晴れやかな冠婚葬祭の”婚”となります。
大切なお二人の門出をご家族をはじめ多くの親戚や知人、友人が集い祝福をする結婚式。新郎新婦の母親や、親族の既婚女性は正装として黒留袖を着用されます。ご挨拶の際、金屏風の前に並ばれたご家族の厳かで礼をつくしたお姿をみると、改めて着物の美しさを感じます。

■黒留袖のコーディネートとは…
もっとも格の高い黒留袖には、重厚な袋帯を合わせます。ご家族からお譲りになられた丸帯をあわせるのも素敵です。帯の色合いは金や銀を中心に、格調の高い柄を織り上げたものをお選びになられることをお勧めいたします。

帯〆や帯上、草履やバックにも、白と金や白と銀のものを合わせます。体を纏う多くの部分に黒が映えますので、全体を通して調和のとれたコーディネートを目指すのがよいです。黒留袖が金か銀のどちらのイメージになっているのかをもとにコーディネートされることをお勧めします。

また忘れてはならないのが、末広です。新婚の家庭が末広がりに栄えるように…という願いを込めて末広を持ちます。末広にもさまざまな種類がありますが、一般的には表裏が金と銀、縁が黒の塗のものがおすすめです。なお、末広をお手に持たないときは帯の左側に差し込んでおきます。

お仕立てに際しては、白の下着を重ねるのが正式として、比翼仕立を行います。これは下着を着たうえに重ね着を着るという、きものの本来の着方を受け継いでいるとともに、慶びが重なるようにという意味がこめられております。長襦袢には白の格調のあるものを合わせます。

今では結婚式は夏場にされることもあり、6月~9月の挙式の際にどのようにすればよいかというご相談をいただきます。単衣や夏物の黒留袖も一部でご用意することも可能ですが、新婦様も袷のご衣裳をお召しになることが多く、ほとんどのお方が袷ものの黒留袖をお召しになっているように見受けられます。

■黒留袖の”今”
冒頭にもお話しをした通り、生活の在り方も変わり、結婚式の在り方も変わってまいりました。仲人をお願いすることは少なくなり、カジュアルで楽しい雰囲気の挙式も多くみられるようになっております。また戦後にくらべるとご兄弟、ご姉妹、ご親戚の数も少なくなり、黒留袖を着る機会は決して多くはありません。こうした背景から黒留袖の生産数は急速に減少をし、今では手描友禅による黒留袖の生産量は数えるほどになっているのが現状です。

そんな中でも私たちは黒留袖を今でも少しずつ新しいもの仕入れながら大切に取扱いをいたしております。晴れやかな場に相応しい重みと品格。その表現のための生地、黒、柄、技法にこだわってまいりました。是非ともお近くでご覧いただきたいと思います。

こちらの黒留袖は、漆黒のような黒に、金と白の刺繍が際立つ一枚です。まるで浮かび上がるような立体感が非常に印象的で、季節や年代を問わないシックな色使いも特徴の一つとなっております。美しい曲線の表現を支えているのはまさに匠の技。

繊細でありながら大胆に描かれた黒留袖ならではの装い。決してその機会は多くはありませんが、だからこそ、丁寧に、じっくりとお品物選びをしていただけましたら幸いです。ご家族の宝物でもあるお手持ちの黒留袖を活かしたコーディネートなどもお手伝いさせていただきますので、どうか何なりとご相談くださいませ。

古くから特別な色であった黒。その深い深い世界をこのブログを通して、少しでも感じていただけましら嬉しく存じます。

ゑり善 亀井彬

京都・銀座・名古屋にて呉服の専門店として商いをする「京ごふくゑり善」の代表取締役社長として働く「亀井彬」です。
日本が世界に誇るべき文化である着物の奥深い世界を少しでも多くの方にお伝えできればと思い、日々の仕事を通して感じることを綴っていきます。